東北地方太平洋沖大震災に寄せて>

 今日書く、というのはちょっと悩んだけれど、今日書いておく。
 書かねばならないと思うので。
 
 現在、実はリアルと別件で出版社送付用に僕は原稿を書いているんだけれど、
 その内容は2006年6月30日に起こった我が家の不明火による事故を中心として、
 僕が抱えることになった障害、また発覚した遺伝性の病気等々を含めてのこと。
 ちょうど今、その火災の部分を書き始めているわけだが、その中で今回の震災が起きた。

 自分にとっては、本当に他人ごとではなく、あの日の絶望を想起させた。

 僕が被った火事は、住む場所、モノ、全てを失う結果となった(衣服すら)。
 また、一匹の飼い猫を火災から4日後に失った。
 父が壊れたのはこの頃だったと思われるが、
 僕は僕で会社内でその状況に便乗し、異動が画策されてしまい、
 母が精神不安定ということもあって、退職を辞すしかなかった。
 職を失い、半年間就活や職業訓練を行なって、その結果、1年後、再就職し、
 次の現場でもまた上司のパワハラ、父親が借金苦の中での末期癌治療等で倒れ、僕も倒れた。
 双極性II型気分障害・睡眠障害を患い、白血球数値が常人より低いことがわかった。
 これらはまあ、健康診断のない一部中小書店業という職場を選んだ自分のミスだし、
 その結果、結婚しようと思っていた恋人も失ったりとほんとに踏んだり蹴ったりでw
 それが2年前。火事で大きな借金をさらにこさえた父も亡くなり、闘病しながら2年。
 今でもどこかで死への憧憬が深いのも事実だし、
 現在は橋下知事から許可をもらい、後天的障害者として生活している状況。
 一応は契約ライター業をしながら、自分を吐き出すことで治療している、
 というのが実情である(『アンチクライスト』のラース・フォン=トリアーと似た感じだw)。

 父がとにかくでたらめな人で、経済状況はどうしようもない中、
 母と妹と僕でなんとか支えていたけれど、あの4年前の火事だけは辛かった。
 何もかもがなくなった。家族である飼い猫も亡くなった。
 これらは大きな精神的ダメージになったが、父が無作為に借金を重ねるタイプだけに、
 どうしても無理をおして働き、恋人もけっこうたいへんな子だったので(笑)苦労した。
 家はどうにか持ち直したかに見えたときに父が末期癌に倒れ、幾ら借金があるかわからないまま、
 晩年、痴呆症となり、息をひきとった。
 父の不様さはほんとに筆舌しがたく、、「こうはなりたくない」、という惨めさだった。
 残った借金は整理して、清算できる分は清算し、現在も返済が続いている。
 その中で気分障害を患って、障害を持ち、過去のように、一般企業での就業はほぼ不可能、
 ということを悟ったのが去年の今頃。
 サークル発起の時期だった。

 そこからそろそろ一年が経過。
 それなりにサークルは軌道に乗っていて、いろいろな方と関わり、
 いろいろなことを感じ、いろいろな経験をし、いろいろなつながりができた。

 僕は実家が火事になったとき、泣き崩れる母に殴られながら(半狂乱だったし)、
 「これが現実やねんから!」
 と強く言った。
 この時、最も辛かったのは周囲と思いを「共有」できない事だった。
 警察・消防は僕や家族による失火かどうかを調べ、
 基本的に僕を重点的に取り調べした(事情聴取である。恫喝なんて当たり前)。
 また、仕事場からは、マネージャから電話があり、10日以内で復帰を命ぜられた。
 「おたくも大変だろうけれど、僕もたいへんだよ、現場に出てるしね」と言われたし、
 後に「共有できるわけがない。震災じゃないんだから」とまで言われた。
 まあ仕方ないか、と思ったけれど、住むところが確定しないまま、
 現場復帰であるからストレスは激しかった。この頃から自律神経に異常が自覚できたが、
 家がなくなったわけだからお金は稼がないといけない。
 そんな中で異動の辞令である。
 家族と別に暮らすか異動を断るか。
 母の体調が不安だったし、家族は完全にペット・ロスでもあった。
 父はまた不手際を起こし始める等あったので、辞令を蹴って、会社を辞めるところまで追い詰められた。
 結果的に辞めて、次の職場に辿り着くまでに手にした技術が、実は現在のサークルでの技術。
 個人でのサイト運営(HP作成)や運営判断、編集加工等々。
 結果的に、この頃の崖っぷちがあったから、去年は乗り切れたことが多かった。
 まあその次の会社でひどいパワハラを受け、病気を発症し、さらなる崖っぷちを見たわけで、
 そこまではちょっとやそっとじゃ到達はできないと思うw

 Twitterやblog等でサークルの活動に参加していただいた声優さん、絵師さん、
 ご購入いただいたユーザー様、またTwitterでつながった方々を大事にしようとしたのはこういう点にある。
 「しんどい」事がたくさんあったから、できる限りうちではのびのびやってよ!
 という気持ちが強い。でも上手くいかないことも多々。でもまあそれも楽しめるようにようやくなった。
 だから今月出す予定にしていた作品はいろいろとアイデアを詰め込み、作ってた中で、この被災である。
 サークルをしていたからこそ、つながっていた皆さんが被害に合われていた。
 相当なショックを受けた。関わっている人たちが直接被災に合われているかもしれない。
 フォロワーさんの中では、被災に合われた方ももしかしたらいるかもしれない。
 だからTwitterで情報を叩き続け、拡散させ続けた。不快に思われるほど。
 現実に東京方面の方は、未曾有の不安に囚われているのをツイートから確認している。
 僕のやったことがどれだけ役に立ったかわからないし、エゴかもしれない。
 でも仕事を置いて、とりあえずNHKで情報を集め、Twitterでも情報を集めた。
 夕方頃からこの被災の異常さが明らかになり、無事である声も確認。
 少しずつツイートを限定し、帰宅時間に合わせてツイートを集中的に行なった
 (フォロワー様には、ご迷惑をおかけしましたが、ご理解いただけますと嬉しく思います)。
 
 現状、僕ができたことなど、避難所の公式RT等々のみだ。それしかできない。
 阪神淡路の際にも思った無力感とかに囚われるかな、と思ってたけれど、
 気仙沼の津波の映像を生で仕事直後に見た結果、Twitterに様々な情報を流した。
 それを拾ってくれる人がいる限り制限されるまで公式RTをかました。
 途中、石原都知事の発言を不快に思った方のdisりを見て、現状、都を機能させる権限を持つ人を、
 規制問題と絡めてdisるという行為に微妙な気持ちを持って、リムーブやブロックを行なわせてもらった
 (反対派の方が多かった気がする。申し訳ありません)。
 そうしていたら、とりあえず、都が機能を回復し始めた。
 誤情報への注意喚起も始まった。
 各被災地の声優様や絵師様(不思議と僕と関わっている方が多い)の無事も少しずつ確認し、
 帰宅の声に「おかえり」とつぶやくことができた。

 明日以降は、おそらく相当悲惨な状況がTVメディアを中心に流れるだろう。
 ショッキングすぎる映像だし、絶句する光景が広がるだろう。

 それでも、「共有」できる想いがあるのは強い。

 「被災」という「絆」が日本だけでなく、世界にも広がっているし、
 今回は、ネットという形で、呼びかけること、行動することができた部分もあった。
 「情報共有」と堀江貴文氏が言ったけど、僕も遠慮なく、そうさせてもらった。
 一人でも無事でありますように。
 僕と同じ思いをしませんように。
 今もそう想っている。
 
 僕ができるのはどこまでいっても発信することだけだな、と思った(笑)。
 どれだけ役に立ったかはわからない。
 でも誰かに発信して、受け取ってもらう喜びを同人で感じたし、実際にいただいた。
 だから、とりあえずは、今は、それをくれたみんなの無事を祈りたい。

 4年前に「覚悟するしかない」、と僕は全焼した家を母と一緒に見ながら言った。
 2年前は、自分の病気や障害に対し、「覚悟するしかない」と思った。
 そして、今年、無事にサークルで皆さんと交流を持たせてもらっている。
 なんとか、仕事ももらえて生活もできるようになった。
 いざ「覚悟を決める」と何とか顔をあげれるものだ。
 それは諦めや妥協とかかな、と思っていたけれど、なんとなく「共有」できる「幅」があるんだ、
 と最近理解できるようになった。
 だから、きっと誰にでも「共有」できる人はいると思う。
 
 だから、諦めても、誰かは傍にいるはずだから、とにかく、今を乗りきっていきましょう、

 と思っている。
 めっちゃ言葉足らずだけど。

 被災された方の無事を。
 被災者を支援されている政府・官僚・各地域の方々もご自愛を。

 そして、亡くなられた方のご冥福を心よりお祈りいたします。


 2011.03.11.circle Potion

追記:
明日より仕事に戻ります。
〆切は容赦なしです。
今日は一日申し訳ありませんでした。